シンデレラを見送った話 -彼女を知ってからの1年半-

私の推し、御伽原江良が先日卒業した。
私が彼女を追い始めたのは19年の夏頃、まだ彼女の両国のライブの出演は発表されていなかった頃だと思う。
当時私はVtuberを全く追っておらず、キズナアイの次に初めて見たVtuberが御伽原江良だった。
切り抜き動画で興味を持ち、たまに配信を見る程度だった。ライブも、他に出演する人は全く知らない人だったからまだ行かなくてもいいかなと思いチケットも申し込まなかった。
私が本格的に彼女に惹かれたのは、そのライブの感想配信だった。彼女の歌唱中に機材トラブルで停止してしまい、歌い切ることができなかったのだ。彼女はそれをとても悔やんで涙を流していた。そしてリベンジを誓っていた。その姿を見てこの子を応援したいと強く思い、メンバーシップに加入した。
メンバーシップでは、彼女からメンバーへの愛のこもった投稿が複数あり、彼女の真面目さ、誠実さが伝わってきた。彼女の流した涙には応援してくれていたファンへのやりきれない気持ちが多分に含まれていたのだろうということをその時理解した。
その日から私の生活は彼女の配信スケジュールに合わせたものに一変した。配信がありそうな時間帯には予定を入れず、ほぼ毎日配信を見る生活が始まった。ホラゲー克服週間では普段は見えない彼女の優しさが垣間見えたりして、とても楽しかった。
3Dお披露目配信では当時の私には高額のスパチャ(5000円)を送った記憶がある。
とのタイミングだったかは覚えていないが、彼女の次のライブ、Shout in the Rainbow!への出演が発表された。会場は札幌だった。都合がいいことに、私はライブの日はちょうど札幌にいる予定になっていた。行くしかないと思いチケットを申し込んだ。
また、彼女と森中花咲のメジャーデビューユニット、Petit Fleursの結成イベント ぷちふる株主総会 の開催が年末に発表された。開催まで1ヶ月と短かったが、彼女の新たな活躍の1歩目となるイベントに行くためにチケットを取り、飛行機で日帰りで参加した。現場ではユニットでの新曲のお披露目などがあり、彼女たちの今後の活躍が期待できるような内容だった。
その翌々週開催のSitR札幌のチケットは無事当たり、私は初めて冬の北海道の地を踏んだ。
冬の札幌はとても寒く、イベント物販で-8℃の中2時間並ばされた時は指先が凍るかと思った。しかし、ライブ中の会場はその寒さを感じさせないような熱気に包まれた。私の知ってる曲が多いとは言えないライブだったが、彼女の歌うバラライカ、ファンサ、がぶりえらの1+1=Q.E.D!、童話組のフレンドしたい では全力でコールをすることができた。彼女の歌うファンサは、まるで彼女のための歌なのではないかと思ってしまうほどだった。完璧な舞台だったと思う。
ライブ後の彼女の「今ね〜、とっても笑顔です。」というツイートを見て、数ヶ月越しのリベンジを心残りなく達成できたことを心の底から喜んだ。
その後は、何故か彼女の配信頻度が非常に少なくなってしまった。しかし、メンバー限定配信はそこそこの頻度であり、ぷちふるのラジオも開始、Twitterのサブアカウントの開設等、通常配信がなくても楽しむことができた。
ぷちふるのCDの発売もあり、個人面談会の抽選申し込み券が封入されていたため6枚ほど購入した。個人面談会も当選したが、コロナの感染拡大によって最終的に2月まで延期されてしまった。
夏頃、ぷちふるコラボカフェが秋葉原であった。東京に行く仕事があった私は日程を合わせて、なんとか向かうことができた。出てくる料理は見事にぷちふるの二人を表現していた。
8月に予定されていたぷちふるのライブ リシアンサスもコロナで延期になってしまったが11月にコール禁止で開催された。コールありきの曲もあったため、非常に残念だった。また、この時に新曲の発表もあったが、CDの発売のお知らせ等はなかった。今思えばこれは卒業への伏線だったのだろう。
その後年明けまでメンバー限定配信が増え、年明けからはメン限配信で募集したやってほしいタイトルの配信が始まった。
当時はこれをなんとも思っていなかったが、これは最後はメンバーが見たいものをやろうという彼女の心遣いだったのだろうか。配信が増えて嬉しいとしか感じていなかった私は愚かである。
また、ニコニコ動画で月1で配信されていた星希成奏氏とのコラボ番組の最終回の発表があった。これに関しては最初から配信時間的にほとんど見れておらず、なにも感じていなかった。
その後、突然延期されていた個人面談会のオンラインでの開催が発表された。発表から当日まで1週間しかなかった。おそらく彼女が何とかしてねじ込んでくれたのだろう。
個人面談会では、とても短い時間だったが二人に今後のぷちふるでの活動への応援の言葉を送った、送ってしまった。彼女には残酷な言葉を送ってしまったのかもしれないが許してほしい、こちらだって裏切られたようなものなのだから。
そして1週間と2日前、メン限配信で彼女の卒業が発表された。ショックを受け、吐血し、それ以降まともに食事を取れていない。おかげで腹の肉が目に見えて減った。
ニコニコ動画の最終回、ラジオの二人での放送の最終回と終わりへのカウントダウンは着々と進んでいった。
私は死にそうになっているが、彼女はその後も1週間、まるで何もなかったかのように配信を続けた。最後の配信の最後の瞬間まで。
彼女は最後に"やりたいことができた"とだけ告げて去ってしまった。

ある日突然Vtuberとして現れたシンデレラモチーフの普通の女の子だった彼女は、多くの人に愛され大舞台への階段を駆け上がっていった。どんな逆境も努力で乗り越えてきた彼女は、綺麗に仕立てられたドレスもガラスの靴も捨てて魔法が解ける前に未来へ向かって走り去ってしまった。


未だに実感がなく、今にも彼女のツイートの通知がくるんじゃないかと思ってしまう。
活動を応援してた身からするとどうしても裏切られたと感じてしまうが、彼女にやりたいことができたのならそれを応援するのがファンとしてのあるべき姿だと思う。
私はガチ恋勢ではないと思っていたが、今振り返ると私の彼女への姿勢はそれに近かったのかもしれない。
突然の別れがとても辛く、こんなに辛いなら最初から出会わなければよかったとも感じるが、「君を知らずに100年生きるよりずっと良い」という 映画「ポカホンタス」内の台詞を胸になんとか立ち直りたく思う。

「拓け!バックパックに希望詰めて 自分の足で歩け シンデレラ」(ガールズ・イン・ザ・フロンティア|THE IDOLM@STER CINDERELLA GIRLS)
この歌詞がぴったり似合う彼女が今後も活躍してくれる事を心から願う。

貴女の進む先が貴女の望む世界でありますように

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